上記の書は本文と何も関係がないが、私自身カオスに興味があったので

載せてみた。いずれ購入して読んでみるつもりだ。


人はいろいろと考えるものである。

私もしかりで、常時頭の回りを疑問と思考が、

核の周りを飛び回る電子のようにクルクルと回転しているのである。

学生の頃は勉強する時間が有り余るほどあったのに、

何の意欲もなく無駄に過ごしてしまった。

今人生の折り返し地点をとっくに過ぎ、

終着点がちらちらと見え始める頃になって

ようよう勉学に目覚め始めた。

「魂のはなし」で私は、死んでも魂は消えなく再生すると確信している。

と書いたが、魂がどこに再生するのかまではわからない。

そして、どこから生まれてきたのかもわからないのである。

私は生まれた瞬間から言葉を話せるまでの時を覚えている。

私の経験から言えば、生まれたての赤ん坊には視力も聴力も無い。

但し真っ暗ではなく真っ白で、ぼんやりとした霧のような視界だ。

どれくらいで辺りが見えるようになったのかまでは覚えていないが、

そんなに長い時間ではなかったように思う。

一番最初に見えたのは白い天井と、ゆるやかに回転する赤い玩具。

時々覗き込む顔。

私は無音の世界でぼんやりと上ばかり見ていた。

記憶喪失になったことがないので、想像でしかないが

多分そのときの状態がそれだ。

私はただぼんやりと天井にある玩具を見ていた。




意識がはっきりとしてくるにつれ、

私は母親にどうしても伝えたいことがあることを思い出していた。

早く伝えたい、伝えなかったら忘れてしまう気がする

私は何かを伝えるために生まれてきた。

頭の中ではわかっているのに言葉にできない。

焦燥感にさいなまれるかと思ったら、すぐに忘れてしまう。

それはまるで、新しい命を生きるために

古い記憶が消されようとしているかのようだった。

赤ん坊の日々は温かいおっぱいと眠り。

それらが過ぎ去り、片言が話せ歩くことができるようになった頃、

ようやく私は伝えなくてはならないことを思い出した。

ある日私は母に向かって

「人は死んでも終わりじゃない。またくりかえして生まれてくる。

どう言えば信じてくれるのかわからないねん、

でも死んで終わりになるのなら、

私は私でなくてもいいはずなんや。

私が私であるということは・・・」

頭ではわかっているのに言葉が出ず、悲しくて涙があふれだした。

母は奇妙な言葉を放つ我が子をどう思っただろうか、

気味の悪い子だと思われたのかもしれない。

そのときのことを、それ以後母はいっさいふれなかった。

しつこく話そうとすると、人には言うな家だけだと諭された。

後年私達一家は引っ越しをすることになる。

母の死因は輸血による肝硬変、在る県に父と出かけた先で

バスのタラップから転げ落ち、

大腿部を骨折し、そのとき貧血気味だからと輸血され、

それが出所不明の乾燥輸血材だったために

肝硬変になってしまったのだ。

私には異母兄がいたが、事情で一緒に暮らしていなかった。

おり悪く遠方に嫁いでいた私には、

肝硬変が悪化してしまっている母の異変に気がつかなかった。

おそらく私は何度も同じ両親のもとに生まれている。

そして、何度も母の葬式をしてきたに違いない。

だから今度こそ、母を死なせてなるものかと思った。

今私は、次にまた同じ母から生まれたら

良い選択ができるように導き、幸せな人生を

おくらせてあげたいと願っている。

私は母の人生を変えてあげたかったから、必死に訴えようとしたのだ。

人は死んでも終わりではないんだと。

人はいくつものパラレルワールドを持っている。

分岐点にくるたびに選んだ選択肢によって未来が複数できる。

その選択は意識無意識にかかわらず、必ず一つ選ばれる。

私は両親を幸せにするために、禁忌となる道を選ばせたくはない。

だから、おそらく、また、そのときがきたら、

両親が結婚しており私が生まれる未来であったら

間違いなく母にすべてを話し、幸せな未来を生きてほしいだろう。


菜の苗を作るために種を買った。

種の入った袋の裏に、北日本から西日本にかけて

種まきから収穫の時期が棒グラフで示されていた。

それを見ていたら、私の人生も

棒グラフにすることができるのではと思った。

私が生きている今を棒グラフと考える。

グラフが一本終了したら、それは消えてしまう。

そしてまた新しい棒グラフが伸びていくのだ。

一定の長さまで伸びる棒グラフ、

その長さは自分が選択した未来によって変わる。

私の人生にはたくさんの命が共存しており、

私が誰かの人生に干渉すれば、別にまた

新しい棒グラフが増えていく可能性がある。

自分が自分であるという意識は、無限にあるはずがなく、

限られた意識が同じ時代を繰り返し生きているのではないだろうか。

亡くなった両親は、今また同じ時代の同じ親から生まれ

同じ人生を歩もうとしているかもしれない。

ただし、もし両親達が出会わないという選択をしたら

私は生まれず、次に私が登場するまでお休みとなる。

まるでゲームのようだが、私の想像は真実に近いところまで

いっているのではないだろうか。





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